今日も足踏み

30代アルバイト男のつまらない独り言

20160323a 『福島の米』を考える

先日とある小説家がTOKIOの番組で食材に『福島の米』が使われたことに対して『人殺し』と発言した事が話題になっていた。小説家なのだから世間一般の考え方とは違っていて構わないと思うし、この考え方をする人間はそこまで少なくないはずだ。


『福島の米』に対しての反応として。

①積極的に食べて福島を応援すべき

②絶対食べない

③安ければ食べる

と大まかに3つに分けられると思う。ちなみに僕は③だ。値段に大差なければ他の産地のものを選ぶだろうが、仮に福島の米が他より500円安いなど格安感を感じられるのなら福島の米を食べると思う。


①の人たちは生活に余裕があって普段から少額の募金などやっているイメージがある。後は地元が福島の人もそうだと思われる。


②は一時期問題になった、高速のサービスエリアで福島の野菜が大量に捨てていたような人たち。業務上仕方なく捨てる場合を除いて食べられる物を捨てるのは正しくないと思う。ただ、自分自身だけならまだしも子供がいる人たちなら家族の健康を第一に考えるはずで家族に危険性が0.001%でもある物は食べさせたくない、という考えるのだろう。


③は僕のような低所得者に多いと思う。なんなら産地表示なんて一切なしでも構わない。中国産でも良いし遺伝子組み換えであっても良い。それなりに安くてそれなりに美味ければそれで良い。大体来年も無事に金を稼いで生活出来ているのか分からない身だから放射能の影響が出始めるまで生きられるか、の不安の方が大きいのだ。


この件に関して僕の見解は、『福島の』という括り方を大々的に見せなければ良いのではないかということ。産地偽装をすべきということではない。他の産地のものと等しい扱いをすること。間違っても『食べて応援』などと特別扱いしないことである。食べて何も身体に影響がないことが実証されているのであれば何も恥ずべきことはないはずだ。


それにしても産地など気になる人はロクに海外旅行も楽しめないような気がしてならない。外国人が日本人と同じ位に良識を持ち合わせて料理している、とどうして盲目的に信じられるのだろうか。





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